江川達也先生に訊く「恋人同士のムード」とは? 1,500万部を超える大ヒットラブコメディ漫画『東京大学物語』を生み、 平安時代の恋愛小説『源氏物語』を完全漫画化した江川達也先生。 ムードについてなら、「恋愛」や「恋人」について、深く深く、 想いを巡らせている人に訊こう 。
良いムードを保てるカップルが、長く続くカップルだ
恋愛をしているふたりは甘いムードに包まれている。甘いムードに包まれてはいるが、実はだいたい、頭のなかは、全く違うことを考えていて、言葉はすれ違っている。お互いはお互いを好きなので、相手を褒める。 褒められれば嬉しいので気持ち良くなる。でも、相手が、自分のことを本当に理解して褒めているかが、かなり怪しい。恋愛すると、相手に嫌われることが一番恐ろしいことになる。だから、自分を良く見せてしまう。良く見せるということは、時には嘘の自分を見せることになっていく。嘘の自分を相手に見せて、好きにさせてしまう。 そして、嘘の自分を相手は好きになっていってしまう。でも「好き同士」という空気は類を見ないほどの快感をくれるので、この猿芝居はかなり続いてしまうのだ。
『東京大学物語』について
昔、『東京大学物語』という恋愛漫画を描いた。 最初は、イケメン秀才サッカー高校生の頭のなかを描いて、一目惚れした女の子との恋の行方を漫画にした。妄想が爆発し、学年一番の秀才は0.0001秒で恐ろしく多量の文字の思考を重ねる。 「相手が自分をどう思っているか」ということに神経をとがらせ、愛してもらえるように嘘の自分を演じようとするが、ついつい本音が出て失敗してしまう。と思いきや、好きな女の子は予想外の反応ばかり。一体、この子は何を考えているのか全く分からない―。
そのあと、中盤あたりから、女の子の主観へと話は変わる。実は、男の子が考えもつかないことを女の子は考えていた。そんなような、男と女の頭のなかの違いを漫画にしてみた。
『源氏物語』について
男と女のすれ違いは、千年前も変わらない。平安時代の小説『源氏物語』を、原作のまま、古文で漫画化したこともあったが、物語を理解すればするほど、今も変わらない男女のすれ違いばかりが描かれていると実感した。頭のなかのすれ違いは笑い話だが、ふたりの間で交わされる言葉は心地良く、それを描いている言葉も素晴らしい。
なので、彼らを包む空気はそこはかとなく良いムードを作り、酔ってしまう。でも、心はすれ違いだ。
気持ちの良いムードに酔って、すれ違いの心。それが恋愛というもの。心当たりがある人が多いと思う。でもそれだから、恋愛は楽しい。気持ちの良いミステリーを解く楽しみがあるのだ。相手は自分を偽っている魅力的な犯人だ。真相を突きつけるのもよし、そのまま泳がせるもよし。良いムードさえ続けば、なんだってありなのだ。でもそれぞれ頭の中では違うことを考えているので、その違いが、必ずと言っていいほど問題を引き起こす。「え、そんなこと考えていたの?」ってことが、出てくるのだ。
恋愛は、気持ちの良いミステリーを解くように楽しい
ふたりの前途が怪しくなって、大きな波がやってくる。喧嘩になったりする。でも、そんな荒波を何度も乗り越え、だんだん、お互いの本当の姿が見えてきても、良いムードを保てるカップルはいる。波を越えるたびにふたりはすごく成長する。心が少しずつ大きくなる。相手に対して大きい心で受け入れられるようになる。つまり、いろんなことがあっても、良いムードを保てるカップルが、長く続くカップルだ。
余談だが、セックスの最中にコンドームをつける時、ムードは少し壊れがちかもしれない。でも、ちょっとした工夫で、ムードを壊さずつけることもできる。ふたりでそんな工夫をできるカップルが、仲の良い関係を続けられるカップルかもしれないとも思う。